■川端文科相、中止を明言 「人の育成に重点」
■川端文科相、マンガ・ゲーム通だった! 昨年、麻生太郎氏と夕刊フジで対談
>川端文科相は「アニメ番組1本にスポンサーは数千万円払うが、現場の一番下で請け負う人たちには数百万円しか渡らない。生活できず、若い人材が辞めていく現状があることも承知している」などと述べた。
これは!!!!
ようやく現場の状況がわかる人がきたか?!
これは良いMAD・・・って前にも載せたっけか?
死にたくなるほどすごいぞ、脳みそから何かが出そうだぜ
■川端文科相、中止を明言 「人の育成に重点」
■川端文科相、マンガ・ゲーム通だった! 昨年、麻生太郎氏と夕刊フジで対談
>川端文科相は「アニメ番組1本にスポンサーは数千万円払うが、現場の一番下で請け負う人たちには数百万円しか渡らない。生活できず、若い人材が辞めていく現状があることも承知している」などと述べた。
これは!!!!
ようやく現場の状況がわかる人がきたか?!
これは良いMAD・・・って前にも載せたっけか?
死にたくなるほどすごいぞ、脳みそから何かが出そうだぜ
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
文化に貢献とかで税金使って劇場を建てるけど、
その前に
地元劇団に援助とか国外公演に援助とかを行えば
安上がりで大貢献!
って話はよく聞きます。実行された試しが無いらしいです。
お金は、要らないですよね。
また、よからぬことを企んで”たかる”輩が出るだけですから。
必要なのは、ルール作りと監視。
入れるべき人、残すべき人を残せないのが問題ですから。
その結果、人材選別が進めば、ナァナァでずるずると居続けた人は、
退場を迫られるかもしれませんが、健全化には必要なことだと思います。
まぁま、そう仰らずに。事実、ムッハーさんの様に今のアニメ業界の屋台骨を支えていらっしゃるのは「三度の飯よりアニメが好き」という奇特な職人様ばかりです。ですがそういう奇特な方は古今希に見る存在ですので、全体から見ると業界に残る新人は一割くらいしかいないのではないでしょうか? 一言で「お金はいらない」となると、私が思いますに肝心な「ルール作りと監視」を達成する前に恐らく、アニメ業界自体が潰れます。アニメ業界の現状は、ハムレットの言葉を引用しますと「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という瀬戸際まで追い込まれていますから、存続させたくば使える手段は全て使うべきでしょう。クレバーに行きましょう。
少し変な例を挙げますが、政権与党が変わったことによってマニフェストとして盛り込まれている、今回の戸別農家の直接資金給付金支給が実施されようとしておりますが、実はこれは完璧によしざぁさんの仰る「借金の付け替え」なので、根幹の農業経済体制は現状の法体制では全く変わりません。とあるマンガで現在、農業に対して「みんな変なことを思いこんでいる。実は農業は今のままでも充分にバラ色なんだよ!」と、何か新興宗教に見られる一種の扇動のような動きが見られますが、ちとアレは個人的に止めていただきたいところです。単純に日本の農業は日本国内に於ける農耕可能面積と単位面積当たりの収穫高からきちんと数字に出して、理論的に進めていただきたいのですが、何か「知識のない人間に在り来たりの常識論を答えさせ、それにのみ反論して煙に巻く」ことが殆どで、実際の「生産→流通→販売→廃棄」という一貫した農業経済の全体像を捕らえていないです。此処の疑問に対しては、一握りだけそれなりに意義のある返答も見られるのですが、少しでも農学を囓っていらっしゃる方からすれば「だから何?」で終わってしまうという、実に底の浅い分析です。その点、同じ農業を扱った漫画でも、きちんと学問方面からアプローチをしている「もやしもん」はキッチリ動かしようのない「数字」という現実を目の当たりに出して、その分野に於ける経済全体の流動を分かりやすく図解して何処に動脈瘤があるかを的確に指摘しているので、別論や付随はあっても全体の論調自体を生半に論破できるものではありません。
実は、農業もアニメ産業に少し似通った産業構造が形成されているのですね。農業はアニメ業界より更に泥濘化していますが、農林族と呼ばれる議員が己の権益のために形振り構わぬ補助金を垂れ流しにして(ヤミ専従が最も多かったのも農林族でしたよね)、総額は確か七兆円に達したはずです。まず農地や農業者の預金を一斉に預かる農林中央金庫(農林中金)が、これを元手に宅地醸成やマンション建設を行い、元々が農地であった土地から資産価値を高めた上で転売するという完全なファンドの遣り方ですが、とある金融学者の試算では、実はとうの昔にデフォルトしているようです。それをひた隠しするために、ひたすら補助金を垂れ流しておりますね。農協については散々、余所で書いたので此処では触れませんが、癌細胞であることは間違いないです。それ以上に、もっと深刻なのは林業と漁業なのですが、農業農業と何か熱病にでも罹ったかのように皆様、連呼してらっしゃるのが不思議です。
で、こうして官を責め続けていれば楽なのですが、実は民にも問題があります。現在、農家はほぼ全てが兼業農家です。農業収入だけでは生活が成り立たないというのが表向きの理由ですが、実は農用地指定を受けた土地は遺産相続の際、相続税を払う必要がないのですね。土地にかかる税金もとんでもなく安い上に、本当は法律違反なのですが、一度、農地指定を受けると二度と撤回できないにも拘わらず、何故か宅地指定に変更する抜け道が堂々と存在していますので、農耕放棄地でも道路醸成計画があれば地価がドカンと上がり、しかも自治体が購入してくれるため、財産隠しの隠れ蓑になっているのですね。しかも片手間で農業を営んでいるだけで補助金が下りてきますから、上手くやっている兼業農家はまさに濡れ手に粟です。「農業が辛い」のは紛れもない事実ですが、一方で農業は高齢化が声高に叫ばれております。が、実は私、これは大して問題ではないと思っているのですよ。というのも、農業は「農業収入だけでは生活していけない」と記述したばかりですが、老年化が進んでいるということはドロップアウト世代の年金受給者が趣味と暇潰しに農業を営んでいるという方面も強いのです。そもそもが彼らは年金だけで生活していけるのですから、農業の副次的収入に頼る必要は全くないわけで、少なくとも赤字さえ出さなければ何ら問題はないわけです。都市工学者の意見では、少なくとも2030年までは出生率が老年人口を上回ることが無く、高齢化社会が持続するという試算が出ておりますから、定年を迎えてから二十年も生きる今日日、引退世代も仕事をしていただかなければ支給年金額ががくっと目減りしますので、希望者は定年退職して十年間くらい、農業を推進する過疎自治体に出向いて安価で土地を借り、働いてくださいませ(麻生前首相の「年寄りが働くしかない」というのは正鵠です)。現状の政策を「老人切り捨て」と声高に仰る方もおりますが、我々から見れば「老人が国債赤字を発行しまくる若者切り捨て」の社会にしか見えません。
えー、長くなりましたが、これはアニメ業界を複雑化しただけの構造で、基本的には似通った体制が築かれております。これまでは農水省から連なる上流工程の官が甘い汁を啜り続けていました。で、政権が変わって戸別農家の直接資金給付金支給に乗り出しましたが、政策内容を見る限りは「官に降りてきていた金を民に付け替えただけ」で、肝心な産業構造の是正案がまるで記されていないのですね。しかも、日本農業は減反や生産調整を行って「農作物を出荷せず廃棄する行動で補助金が下りる」という訳の分からない制度が採られているのですが、是正する気はまるでないようです。これだけ見ると、これまで自民党の強固な支持基盤であった農村票の切り崩しを狙ったご機嫌取りのマニフェストだったというだけで、やっていることは自民党と代わりがないのです。投資先が官から民に変わっただけで、癒着体質はまるで変わっておりません。
で、此処で一番、何が問題であるかと申しますと、「専業農家の年収は平均して年間、二百万に満たらないくらい」という点ですね。が、此処で最も問われるのは「果たして補助金無しで農家は存続できるのか」という点です。この問題を記し始めると一万字など軽く突破してしまいますので割愛させてしまいますが、農業界というものはとんでもない矛盾と欺瞞で成り立っております。
対して、アニメ業界は此処に一歩、足を踏み入れかけた段階です。これについて私の論旨の前提はこちらの、
・【アニメ】:「アニメの殿堂」は建設中止 川端文科相が方針
のコメント欄に少し記されておりますので、そちらもご覧戴くと解りがよいかと存じます。
さて、確かに求められるのはムッハーさんの仰るとおり「ルール作りと監視」です。が、政府に「お金の代わりに業界体制を正常に戻せ」と嘆願しても絶対に通りません。これは決して政府が冷たいわけではなく、政府は極力、市場経済行動に介入してはならないというのが資本主義の根幹だからです。特定業界を狙い撃ちにしてがっちりとした規制法を立案してしまうと当然ながらそれは完全なる市場原理の崩壊を意味しますから、何がどうあろうと「機会の不平等」にあたるわけです。ですから迂遠にある程度の出資率を規制するですとかが考えられるのですが、そもそも法が正常に機能しておりましたら、公取法と労基法でとっくにアニメ上層部の企業はお縄ですよ。明らかに法を侵害しておりますからね。
ですが現状、労基局も地検特捜も動きません。この絡みは本当に難しいので文章ではとても記すことが出来ないため割愛しますが、利害関係が途轍もなく複雑なのです。ですが一つだけ。この問題は「広告代理店と放映権を持つ局の利害が一致しているため」に起きている現象です。放映権は総務省によって頑なに守られているため利権にふんぞり返ることが出来ます。それを盾に広告代理店が袖の下を入れて(一応は合法なんですけどね)思い通りにピンハネしているのが現状ですね。少し言葉が足りないかも知れませんので、誤解されると怖いのですけれど。
ですから、経済の基本から「政府は援助は出来ても露骨な規制は出来ない」というジレンマがあります。産業界にしても、これを前例に政権が気に入らない特定業界や企業を名指しして狙い撃ち法案を作成する前例となってしまいますから、現代国家の基本理念の上でこれは絶対に行うことが出来ません。それをすると、あからさまな社会主義国家になってしまいますから(ある程度の政府による市場介入が悪いとは思わないのですが、企業や業界の狙い撃ちはそれこそ、ユコスなどの民間石油エネルギー会社を極めてダーティな手段で国営にして分捕ってしまったロシア・プーチンの手法と変わりありませんからね。リトビネンコさんなんて亡命先のロンドンにいてすら暗殺されてしまいましたから、恣意的に法を操作することは絶対に許されることではないのです)。
もう一段階、話を広めてしまいますが、実はこの現象はアニメ業界に限ったことではなく、テレビ業界全体に蔓延する制度疲労です。それこそゴールデンの制作費は下手をすると億を越えますが、番組制作を実際に請け負う企業に渡る制作費は精々が一千万程度です。ゴールデンですらこの様ですから、他の時間帯など惨憺たるものですね。下請け苛めで特に酷いのは確かにアニメ業界なのですが、アニメに関しては制作委員会などの複数企業ががばっとかっ攫っていくのに対して、一般民放は上のキー局が鼻をほじりながら企画書と泡銭を放り投げるだけです。そのくせキー局勤務の人間は三十代で年収一千万を超えますから、丸の内一帯にクリーン・アトミック・ボムでも投下してやりたい気分ですね。
私がこの業界硬化状態に期待していた打開策は、デジタル放送の導入による多チャンネル化と放映権の規制緩和だと思っていました。詳しくは、
・【CG】:CGアニメーションは、手書きアニメを職にする「アニメーター」を脅かす存在になるでしょうか
のコメント欄に少し記載させていただいたのですが、デジタル放送のメリットとして謳われていた多チャンネル化による新規参入のお話は、いつの間にか立ち消えておりましたね。結局、総務省は既存企業の利権を守ることに徹したわけです。ならばせめて放映権をコマ単位で安く切り売りして、デジタル放送の売りの一つであるpay・per・viewで直接、作製会社に資金窓口を設けるですとか、そういう手も有りではないのかと思いもしたのですが(録画禁止の代わりに視聴料を一コマ200円辺りに抑えれば、良作が団体で一斉にこの方式を採れば視聴者は従わざるを得なくなりますから……。ちょっと脅しみたいで嫌なんですけれど、「放映権の購入費用は制作スタジオに直接、振り込まれます」と大々的にルビを打てば、かなり効果的である気はします)、どれも駄目です。結局、放送方式がデジタル波に変わっただけという、「何のためにデジタル波を採用したんだよ」と思わんばかりの変化の無さです。それどころかテレビの買い換えや録画の関連で使い勝手が悪くなっております。利権絡みでソフトバンクとイー・モバイルには電波免許を与えた癖に、結局はどいつもこいつも私利私益に走る連中ばかりなのです。総務省に経産省、キー局に広告代理店、この全てがむしり取ることしか考えていないのですから、はっきり申しまして絶望的です。
ですから、コメント欄で記しましたとおり、「制作会社の上に胡座をかくだけしか能がない無能なキー局はにはもう愛想が尽きました。どうぞ心おきなく潰れてください」と、まだかまだかと待ちかまえております。
唯、そんな八方塞がりの状態であるからこそ、ひとまず「縁の下で頑張ってくださるアニメ業界現場の方へ救済予算を割く」というのは、割と悪くない気がします。勿論、直接的なばらまきは少し躊躇するところですが(それでも効果がないとは思えないのですが)、例えば117億円の予算が仮に全額、国会で承認されたとしますと、私が考える内で即興にて考えつく施策は「新規のアニメ制作会社設立」です。大々的に資本金5千万くらいで、一定期間は全株を政府が所有。アニメ業界の人間だけではなく、きちんとしたマーケティング・プランナーや流通経済に長けた人間もきちんと雇って、半分、国営化された銀行みたいな感じの組織を作製します。「プラネテス」や「もやしもん」、「ふたつのスピカ」や「まんがサイエンス」といった学習要素の高いアニメは優先的に国が買い取る方式で、いっそのこと啓蒙番組専用の3チャンネルと9チャンネルの中間の様なチャンネルをもう一つ、作ってしまうのはどうだろうと思うのですけれどね。「美術や表現の面白さ」では「電脳コイル」の様な番組も良いと思います。
この方式ですと、民放ではないので広告代理店なども必要ないですし、「アニメ助成金」というよりも「学習番組作製予算」というような名前で文科相から予算を上げてしまえば、それ程までは文句も付かないでしょう。番組枠の取り合いも起きませんしね。毎回のようなデスマーチも起きづらいでしょう。同時に人材育成もしてしまえば良し。実質は国営放送の作製部なので、採用条件もかなり厳しくなると予想されるでしょうから、良い人材にも恵まれるのではないでしょうか?(楽観しすぎですかね? この場でぱっと思いついたことを記していますので、恐らくザルであることは間違いないでしょう)
現状のアニメ業界は本当に齟齬が多すぎて、これを一度に是正しようと思うと途轍もない地殻変動が発生し、恐らくは滅茶苦茶になります。同時に「アニメの総本数問題」「作製予算問題」「給与問題」「ピンハネ黙認問題」「碌に現場の意見が伝えられず、作品が使い捨てられる問題」と、何処からアプローチするかによっても、まるで今後の方策が変わってきますので、設楽ヶ原の戦いの後の武田に対する徳川のように、徹底的に徴発して相手の反応を見ながら時に強硬な威力偵察を行い、相手をとことん弱らせましょう。
……現状からドラスティックに環境の改善を目指すなら、下請け全体で団結してのストが一番、効果的だと思うのですけれどね。
ついでに、お話に上がった川端達夫文科相について、先日のぼかした部分をぶっちゃけてしまいます。この方、
・パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザー
・日韓議員連盟
・在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟
に所属しているんですね。もう、どうしようコレ、という感じです……。パチンコ利権は在日朝鮮人利権と広域指定暴力団利権と警察OB利権の三つ巴です。その利権の中央にいる人物がまともなわけがないので……。
で、その三竦みのどの派閥? と問われると、二つ目と三つ目から明らかですね。親朝鮮派です。
そもそも、「パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザー」はこの役職に就いていること自体、危なすぎる人物の証明のようなものです。「何でパチンコに関して政治的なアドバイザーがいるんだよ?」というそもそもの疑問があるわけですが、……利権ですからねぇ。一時期、余りに酷いパチンコ業界の脱税額に業を煮やして、公安か何処かから官房長官辺りに登り詰めた偉いさんが、パチンコ業界にプリペイドカードを導入して完璧に資金繰りを固定化させようとしたことがあったのですが、議員生命を絶たれました。裏を返せば、北朝鮮への違法送金は全て、パチンコの脱税を取り締まれば万事、解決するという証左なのですけれどね。
ですから、私がこの文科相を信用したくない理由は此処にあるのです。アニメに関しての補助も、実はパチンコの動画ROM焼を密かに支援するためのものでは無かろうなと勘繰ってしまいますよ……(パチンコに縁が深い地域で暮らしているので業界の噂はよく耳にするのですが、あれはROMでフィーバーを完全に裏から操作していますから、その情報が漏れないために開発にはマンションを一室借り切って、六人ほどの開発要員を総額五百万くらいで雇い、完璧に拉致監禁します。見張りはやーさんなので一度、監禁されたら満足がいくものを納品できるまで絶対に解放されません。動画に一ドットでも色飛びがあれば、すぐにリテイクですよ……)。
……わー、明らかに上の文章、説明不足ですねー。スイマセン、いつも就寝前にこちらに伺いますので、翌日に影響が出ない範囲で切り上げようとする余り、これまでに何度も自分の説明不足に悶えたことがあります……。複雑な話は置きますが、肝心の放送業界に対しての説明が全く為されていませんので、その辺りを補足します。
まず、放送業界は基本的に「絶対に放送という創作行為自体では儲けを出すことが出来ない」という事実を念頭に置いてください。放送業界は御存知の通り、他社から「番組の中間に広告宣伝を差し込む権利を売りにかけている」ので、電波に乗せて放映している番組は客寄せのおまけに過ぎません。この「番組の制作費用」は「番組を流すことによってそれを観てくれる視聴者の方に宣伝を見てもらう」ことを「広告費用」として出資しているよろずの会社が負担しているのですね。ですから放送業界とは実は、
・番組を見せることではなく、その合間に流す宣伝を見せること。
が本業に当たるわけです。そんなわけですから、VHSの時代に「CMカット機能」で協賛会社が訴訟を起こしたわけですよ。CMを見せるために番組を流しているのに、その本質のCMをカットされてはたまらないわけですね。
「何を当然なことを」と、この話をするときにいつも皆さん、その様に仰るのですが、仕組みを見ている内にいつの間にか「番組の作り方」に目を奪われすぎてしまい、肝心なキャッシュフローをころりと忘れてしまう方がかなり大勢居られるのです。放送業界は「資金の流れと番組の質」が比例しないため、経済的な本質と技術的な本質がかなりかけ離れている特徴があります。まずはこの「どちらかに目をとられず両面を見る」ことを最初の目標としてください。
で、その客寄せである番組を含めた電波の使用時間帯である「放映権」を持っているのが民放各局でして、ここから放映権を購入するのが放送業界の資金の流れでは最上流に位置する会社となります。勿論、放映権を所持している民放局自体が番組を作製する方が外注するよりも安上がりですし、昼、ゴールデン、土日の二十一時以降、日曜朝方といった視聴率の予測が立てやすくかつ、高視聴率を獲得できる枠は売りにかけても高額になりますし、自社で消費しても良い効果が得られます。ですから、こういった時間帯のスポンサーは割となり手が多いわけですね。
で、このスポンサーを斡旋したり、宣伝の為に割り当てられた短い時間に如何に効果的なCMを流すかをプロデュースするのが広告代理店な訳です。放送局は放映権を売りたい、広告代理店はスポンサーが欲しい、この利害が一致している限りは割と安泰な状態が続くのですが、現代はかなりのデス・スパイラルが放送業界を襲っております。
実際は完全に自業自得なのですが、
・放送番組自体の集客力が落ちた
訳です。これは番組の平均視聴率を見ていただければ一目瞭然です。例えば日本の歌謡曲が一番、売れていた時期が分かりやすいのですが、CDがミリオンセラーを連発していた頃は、平日のゴールデンですら中高生向けに音楽番組を流していれば、濡れ手に粟という状態でCD関連の企業も音楽版権会社も、その広告枠を売る放映会社やその放送関連の流通を一切担う広告代理店もがっぽがっぽ儲かったわけです。自分たちが放送すればそれがブームとなって消費に熱をつけ、一気に市場へと消費者の資本が流れ込むわけですから明らかに広告効果もあるわけで、広告代理店もスポンサーも二つ返事で出資を了承するわけです。あるいはドラマの全盛期でも良いでしょう。やはり視聴率が高い番組に協賛すればそれだけ広告効果が見込めるわけですから、スポンサーのなり手は引く手数多であったのです。小室某やらといった超が付くほどのタレントを呼ぶだけで視聴率が採れた時代も同様です。
が、きっぱり申し上げまして視聴者が次第に「番組の質を求めだした」訳です。舌が肥えてくればより良い味を求めるのは当然のことなので、充分に予測できた現象だったのですが、供給側が全く消費者のニーズを捕らえられず、業界全体が凝固して老化しきってしまいました。
全身に癌細胞が廻ってしまっているのに今更、摘出手術など行えるはずがないと感じているのが私のようなタカ派の論者でして、「新規参入を許して業界に新しい血を入れろ」というのはつまり、従来型の産業モデルしか採るつもりのない前近代的な放送局方々には、そろそろこの辺りでご退場願おうというわけです。外から客観的に業界構造を捕らえ、新しいビジネスモデルを開拓できる企業がほんの数社でも参入すれば、死に体の企業でもそれが刺激剤となって、既存番組作製会社の内部にほんの少し新しい芽が出ていればそれが急激な肥やしとなり、現状の死に体から脱却できる可能性も秘めているので、この段階での新規参入許可はそれ程、悪い事ではないと個人的には思うのです。
ですが、頭が痛いのはテレビ放送という業界の特殊性です。放送という媒体は強烈な毒にも薬にもなる二面性があるため、何処の国も参画にはかなり厳しい条件が付いております。放送の扇動性を初めて現実で証明したのがドイツの国家社会主義ドイツ労働者党。アドルフ・ヒトラー率いるナチスといえば有名ですが、その政党の正式名称がこの「国家社会主義ドイツ労働者党」です。その仕組みは実に明解で、「金-人-軍」を繋ぐ潤滑油として放送という事業を選んだのです。その効果は抜群で、ドイツという国が全体を挙げて発祥させた狂気の実体がホロコーストという形で世に出現したわけですが、実はアレは「合法的手段」であった点を見逃してはなりません。国家社会主義ドイツ労働者党が策定した「ユダヤ系やジプチーの人間から財産を強引に没収して殺害する」事は当時のドイツでは「合法であった」のです。民主主義も主権者である民衆が支持すれば黒も白となる点がありますので、ヒトラーは「国全体を合法的に熱狂の渦に巻き込む事」に成功したわけです。これを成功に導いた媒体として放送がかなり大きな要素を占めます。
その後の世界を見ていただければ分かるとおり、各人の格差を認め個人による競争主義を前提とした西側諸国に対して、少数の政権与党が国家を運営するために必要な能力のみを厳選して国民に全体的な行動を促した東側諸国とで世界が真っ二つに別れました。中心に来るのは「情報の扱い方」です。
西側諸国は政府の関与を(名目上だとしても)極力は抑え、各人に知識の啓蒙と情報の獲得を促します。国民が賢くなれば当然、自身の気に入らぬ政策がとられた場合は権力者にとって余り良くないことになりかねませんから、権力者の目からすれば革命の火種を内包することになります。逆に国民が自分に必要な知識のみに通暁していれば、反乱も犯罪も起きずに国家経営も楽になり、効率がよいものと考えることが出来ます。後者を全体主義(ファシズム)というのですが、実は一時期に於いて東側諸国の筆頭である旧ソ連が軍事分野では西側諸国を圧倒していたのは周知の事実で、人類初の人工衛星打ち上げ、人類初のほ乳類による宇宙空間進出、人類初の有人宇宙飛行は全て、ソ連の手によって成し遂げられております。当時は東側の国情は全く西側に伝わってこなかったため、大陸弾道弾思想を同じくして共有していた西側諸国筆頭、米国はパニックに陥り(スプートニク・ショックといいます)、沫を食ってすぐさまロケット打ち上げを強行しますが悉く失敗、結局は二次大戦時にドイツから亡命してきたロケット開発の専門家であるフォン・ブラウン博士ら第三者の手腕で辛うじてアポロ11号による人類初の月面着陸が成し遂げられることになりますが、果たして名誉挽回と表現して良いかは微妙なところで、それもそのはずで開発を主導したフォン・ブラウン博士はロンドンを襲ったV2ロケットの開発者なので、米国の面子としては微妙な範囲でしょう。
が、その後の東側諸国は自壊の動きを見せます。前述した「国民は自分に必要な知識にのみ通暁していればいい」と「知識人は反乱の火種」を同一視しかつ、絶対権力者が自分に都合の良い政権運営ばかりをしてしまったのです。何より、政権運営の知識が全くない国民だらけの国でほんの一握りの政権運営者が全員、国家運営に失敗してしまえば梶を切る人間がいなくなってしまいます。
一番、代表的な例としてカンボジアを挙げますが、第二次インドシナ戦争(通称「ベトナム戦争」)に敗戦した米国が腹いせとして、東ベトナムを支援したカンボジアに対して国家転覆の支援をし、米国の支援でこれを成し遂げたポル・ポトは「知識人の存在自体が革命の火種」として、「頭が良い人間」の総排除に乗り出しました。といっても一概に「頭が良い人間」を客観的に見つけるのは難しいため、全て権力者側の裁量で「頭が良いと判断された人間は全員、処刑」する方針が採られたのです。米国が自身の国家アイデンティティの存在と対極に位置するポル・ポトを十年来に渡って支持し続けたのはその為で、そこからはひたすらポル・ポト政権が定めるガイドラインから外れた人間は全て革命勢力として処分され、カレンダーに地図、時計や書物すら全くない国土で、時間も月日も読み書きも出来なくされた国民が乱造され(「国民総白痴」といいます)、食料の取得すら国の配給以外で獲得した人間を「頭が良い人間」として排除する始末です。確かにカンボジアはかなり極端な例ですが、実際には親米国でも相当に独裁主義的な国は相当数あります。「米国に都合が良ければ」別段、独裁国家でも構わないわけで、昔からサウジアラビアも完全な王政の独裁政権ですが、米国は親米ということで軍事介入をしません。ホメイニ師がイラン革命を起こすまでのイランも実は別称「中東のドーベルマン」とまでいわれた米国の傀儡政権下にありました。あそこまで反米国主義になったのはイラン革命を容認した米国の自業自得です。そして現在でも、米国と運命共同体となった中華人民共和国では共産党政権の政権運営に都合の悪い事実は全てフィルタリングしているとおり、国家にとって情報の取り扱いにはかなり神経質になっているわけです。
迂遠なお話に見えるかも知れませんが、「情報の取り扱いを間違えば、国家的にとんでもないことになる」というのが現代国家の考え方なので、最も手っ取り早く国民を扇動しやすい「テレビ業界」には規制をかけざるを得ないわけですね。殊に我が国は「ココア売り切れ」「黄粉売り切れ」「納豆売り切れ」というように、全く単純なまでに扇動されやすい国民性があるので、確かに困った側面があるのも事実です。
さて、これまでの「放送業界のキャッシュフロー」と「テレビ業界が決まって持つ閉塞性」をお話ししましたが、実はこれに全く当てはまらない産業がこの最近、出現いたしました。
そうなんです。「アニメ産業」というのは「テレビ業界」のキャッシュフローに全く当てはまらない、実に特殊な経済を構成しているのです。既存の番組が閑古鳥となった放送業界にとって、アニメは最後の砦ともいえるのですよ。
この「アニメ業界」も「DVD」と「インターネット」という二つの流通とインフラがなければ形成されなかったのですが、インターネットによって消費者は自分に都合の良い情報を即座に入手、共有、購入できるようになりました。更にDVDが動画のパッケージングに成功し、VHSの時代に比べて遥かに高画質で安価でスリムで操作性が良い大量生産の出来る媒体を入手したのです。
以下にアニメという産業の特殊性とその説明を記します。
・アニメはDVDによって「放送番組自身でも儲けを出すことが出来る」。
これがもの凄い特徴なんですね。広告収入に加えて客寄せの番組放映用として作製した作品がDVDにパッケージングするとあら不思議、売れに売れてしまうわけですから。実は広告収入が充てに出来なくなった放送会社にとって、視聴率次第でDVDを一定量、販売し、これが全て捌ければ続きの作製、といった風に、制作費用の回収まで同時にできてしまうアニメが乱造されるのは道理なのですよ。代わりに他で稼ぐことが出来なくなってしまったため、転んでもダメージが小さいように、安価な放送枠である深夜を優先し、放送期間も契約最短の四半期に抑えてしまうのです。ですからアニメの離反に一番、神経を尖らせているのは実は放送局の方なんですね。付随するCDなどのグッズの売り上げを考えれば、アニメ無しでは経営がかなり苦しくなるでしょうねぇ。ザマーミロですよ。
・アニメの作製は費用がかなり固定している。
普通の現在する人間を起用した番組は、キャストによって作製費用が大幅に左右しますが、アニメの場合は全て「有名人も手書き」なので、例えばみのもんたを呼ぶ予算でアニメが何本作れるのか予想がつかないくらい、出資を抑えることが出来ます。アニメという作品は、部類としては「流行」に属するため、収益分岐点が低いにも関わらず予想を裏切って大化けする可能性を秘めているわけですから(五年来のまんがタイムきらら系読者である私ですら、「ひだまりスケッチ」と「けいおん!」がどうして此程までに売れたのかさっぱり分かりません。特に「けいおん!」は京アニの力も確かに大きいですが、それだけであそこまでヒットするとは考えづらく……)、ジャンプ枠は収入も高額でしょうが、昔のドラゴンボール世代のような金の卵を産む鶏とはいえない時代になりましたので、アニメ方面の収入も多角化する必要があるわけです。年単位のクールを獲得しておいて、序盤で転んだでは話にならないわけです。
・容易に非現実的な表現が出来る。
ヘタをすると映像業界で技術的方面の恩恵を最も受けているのはアニメ業界なのかも知れません。危険な表現にスタントマンを使用することもなければ舞台セットを用意する必要もない、要するに表現の幅がとんでもなく広いのです。冨野監督は怒るかも知れませんが、やはりセル画時代に比べればCGを含めたこれらは長足の進歩と表現せざるを得ないでしょう。演技指導もする必要がないので演技のレベルも容易に統一することが可能で、質の高い俳優を育てる必要がないので核を成す数人の腕利きさえ揃っていれば、「実写映画を見せるよりも遥かに現実的なアニメ」が完成します。
他にも二次創作などを取り上げればきりがないのですが、取り敢えず代表的な特徴はこんな所でしょうか。そんなわけで、放送業界は既存の収入モデルとは全く別の産業形態を成しているアニメを手放すことが出来ず、しかも放送業界の人間はどうにも欲塗れの様子で、自分の地位を安泰とした上で更に自社を成長させようとするため、他からの収入が見込めない以上、支出を削るしかないわけです。アニメ作製業界への収入が伸びないのは殆どがこの為で、アニメファンでありながらそういった業界の既得権を知る人間は憤懣やるかたないです。
これも友人に確認を取ってきたのですが、私自身もその名前は耳にすることが多い「ラブプラス」というニンテンドーDSのソフトに付随して、「ラブプラス」のキャラクターがニュースキャスターなどを務めることが出来るサービスが展開される可能性というものが実は、こちらの業界紙に掲載されておりました。実は先んじてYAMAHAがボーカロイドの技術を進化させて「日本語の朗読を音声データで所持せずとも、不自然ではない範囲で行えるようになった」という技術の特許を取得した事実があります。
つまりは、人気が出たアニメやゲームのキャラクターが3Dオブジェクトであった場合、そのまま他のコンテンツにも流用が利く、という可能性が見えてきたのです。となると自社でアナウンサーを育成する必要も削減できる可能性が出てくるので(一方で、絶対にプロのアナウンサー業は決して無くならないものと確信しております。デジタルとアナログは絶対に共存する関係にあると私は見ております。紅白歌合戦も年々、変わり映えしないテレビとは違ってラジオの方は既に斜陽産業として見捨てられているため、ラジオのスタッフがかなり好き勝手に楽しいことをしてくれております)、更なるメディア展開が期待できます。例えば、深夜の会社帰りで疲労困憊の方は携帯電話でインターネットのニュースを読むのも億劫でしょうが、気に入ったキャラクターを選択しておいて音読して貰えるよう設定しておけば、イヤホン経由で楽に情報を取得できるようになります。
寧ろ、こういった側面が進化していくと、もはやアニメというより偶像崇拝に近いのかも知れませんが、少なくともその脚の踏み入れ口の一端がアニメにあることは間違いないので、「黄昏」を迎えている実写映像産業に対して、偶像映像に繋がるアニメ産業はこれからの伸びしろがかなり期待できるのです。
さて、此処まではこの先のアニメ業界の明るさというものを記しましたが、万が一、現政府と産業界がグルになって既得権益の保護に走った場合、最も安易に考えられるのが「DVDの売り上げに対する助成金」です。これならばインターネット世代以外の、テレビにとって都合の悪い情報が手に入りづらい方々の大凡が騙せてしまう上に、一見、アニメだけではなく映画やドラマといった映像産業全体に補助をしているように見えて、実は単に既得権を保護しているだけという簡単な図が描けてしまうわけです。無論、そのままでは収まりの付かない人間も出現してくるでしょうから、バーターとして下請けの窓口になっているアニメ作製会社の最上層部辺りにもある程度、資金を流してその下を黙らせるよう口利きしてもらいます。これだと構造の上にいる人間ほど恩恵を預かり、上から順に金を抜いていく構造となるので、下に下りてくる金額が増えることは絶対にありません。そこまでは、と思われる方も、基本的に「既得権益を保護する形の助成金は意味がない」事を念頭に置いてください。現状は「産業構造自体を変化させなければならない」状況ですから、結果的に下に下りてくる資金が僅かながらに増えたとしても、それは御自身が支払った税金で更に上の層を延命させているので、癌細胞を摘出しない限り意味が無いどころか、税金を投入しているために返ってマイナスです。
ベストなのは「直接、アニメ制作会社に売上金が下りる構造を作製すること」です。その為には上っ跳ねされているキャッシュを分捕る必要があり、かつ「アニメ制作会社自体にもある程度のマネジメント権を下ろす」必要があります。勿論、マネジメント権が来ることによってリスクも増えますが、そもそもがこれだけアニメ産業が巨大資本化していながら、放送局に対して全く権利を持たないという現状の産業構造が不可解極まり無いのです。求められるのは二点、
・アニメ制作業界側に正当報酬を支払うこと。
・アニメの産業規模にあった発言権を作製側にも与えること。
これだけです。逆に、これが出来ていない業界は真っ先に社会問題化するか業界自体が潰れるかのどちらかなのですが(折口のグッドウィル、堀江のライブドア、孫のソフトバンク、南部のパソナなど)、人材流動性こそ相当に高いものの、これだけ業界の透明度を誇りながら存続している産業ははっきり申し上げまして希です。あそこまで酷い搾取に遭いながら耐えているというのは戦慄すら覚えます。
ですから、アニメ産業の待遇を改善するためには民放連と総務省、経団連の動きに注意を払ってください。このうち経団連には主立った広告代理店が名を連ねていますが、実は経団連は一貫して自民党への出資で一極化してきたため、政権与党が変わった現在、それ程までの政治的発言力は持ち合わせていません。但し、日本の悪いところは「寄らば大樹の陰」が政治にまで染みこんでいるところでして、与党が自民党から民主党に取って代わったからといって、米国や英国のように劇的な政治シフトが見込めるわけではないのです。米国や英国などの法治国家思想、国民主権運動が発生した本場は基本的に、「イデオロギーの違いで政党が別れる」のが基本です。米国の例をとると共和党が右派思想の改革派、民主党が左派思想のリベラル派ですね。両者が対立するのは人物ではなく政策の差異なのですが、日本の場合はそれが実に曖昧ですから自民党でなくなったといって現状が改善する保証は全くなく、寧ろ「ここぞとばかりに自民党の支持基盤ではなかった民主党側にいる支持団体の権益獲得、保護に走る可能性が極めて高い」ので、どっちもどっちというのが私の感想です。つまり民主党は「政権運営」を目的とした政党ではなく、あくまで「政権奪還」を主題としておりましたので、その政権奪還がなった今、今度は政党内での派閥争いが表面化するものと想像しております。ですから、一方では更なる地盤固めのためにかつての敵であった経団連を取り込む可能性も充分に考えられます。
民放連の支持政党は余りはっきりと私は存じ上げないのですが、実は民主党の放送業界に対する政権公約に「放送業界の構造を正常化する上で欠かせない、放送局の既得権崩壊」は全く盛り込まれておりません。それどころか、
『通信・放送行政を総務省から切り離し、独立性の高い独立行政委員会として通信・放送委員会(日本版FCC)を設置し、通信・放送行政を移します。これにより、国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾を解消するとともに、放送に対する国の恣意的な介入を排除します』(民主党政権公約の原文まま)
こんなとんでもないことが記してあるのですが、補足しますと現在までは上記のような「国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾を解消」しなければならない違法行為は一切、行われておりません。あれだけ大声で騒がれたNHKの番組改編問題ですら、三審全てで原告側が敗訴しております。
つまりこれは、法律の枠外でも「通信・放送委員会」とやらが文句をつければ突如として特定の番組が放送できなくなるという狙い撃ちの異端審問裁判が起きる可能性が高いのです(気に入らないことがあるから政権公約に記したわけでして、気に入らないことがなければそんなことは記しません)。この組織を作製する人員が特定の思想に偏ったメンバーで選ばれた場合、やはり特定権益を確保するための外郭団体に成り下がる可能性が高く、前述した「アニメは表現の自由度が高い」点からも、最も表現の侵害を受けるのはアニメである可能性が高いのです。その上で放送局側に何も是正させる文句が取り入れられていない以上、既に民放連との間で何かしらの手打ちが成されているのではないかと勘繰ってしまいます。
総務省は全般的に既得権の味方ですから充てになりません。……わー、やってられませんねこれは。いつかのコメントに記しましたとおり、民主党の支持母体は労連と日教組。年収が三十代に入った時点で四百万あれば良い方という今の世の中で、五百万近くに昇る九時五時の公務員給与を支える労連に、その上でヒステリックな全体主義思想を持つ革○ル派や○軍の連中でもいるのではないかと勘繰ってしまう日教組。夫婦別姓を強力に推進とかもう、何を考えているのか……。夫婦なのに別姓とか、何を言っているのか訳が分からないです。単に嫁入りが嫌だというなら婿入りしてもらえばいいのに(現実例としてありますし)、別姓を推進する意味が果たして何処にあるのやら。溜め息が出ます。国内事業なら赤字採算でもモノは残るというのに、またぞろ紐無しのODAまで復活させようとしているお馬鹿ちゃんには頭が痛いですよ……(排出量削減25%の国連宣言はその為。現状での目標値達成はまず不可能ですが、政権公約に明記してある以上、達成するためには余所から排出枠余剰分を購入するより他なく、日本が一人で勝手に先走って自爆してくれたので欧州諸国は拍手喝采です。万が一、達成できたとすれば国内の火力発電所を全て原発に変えて、全家屋の屋根にはソーラーパネルの設置を義務化、信号などは全てダイオードに代えた上で極力、風力と水力と太陽光で発電、徹底的にエコカー減税によるばらまきを続けて、ハイブリッドに向かない大型陸運車には早急にクリーンディーゼルを導入、勿論、陸運業への車体買い換え費用も税による補助金で負担、都市計画も密集型を完全に見直して、社会主義的に都市一極の現状を無理矢理、分散化し、各都市のピーク電力を徹底的に下げる、世帯に二人以下の人間しか住まわない家庭は排気量2.0l未満の車しか購入不可に法定、七十歳以上の老人しか住まわない場合は強制的に免許返上、その代わり天然ガス車のタクシー割引を享受できるよう立法。思いついただけでもトップダウンでこれくらいはやらなければまず無理だと思います。歳入総額を見れば何がどうひっくり返っても無理ですけどね。よしんば達成できた場合は、賛成に回った欧州の方々は著しい技術発展の恩恵に授かれますし、失敗しても循環型エネルギーの発達が著しい欧州各国は排出権を買って貰えるわけです。どちらに転んでも損はしません。外交というものは本来、途轍もなく光明で強かなものなのですよ。ですからCO2、NoX問題も問題児の米国と中華人民共和国には徹底的な国際圧力をかければいいものを、日本はまさかのODAを復活させて無料奉仕。いつから日本は朝貢国家に成り下がったのかと疑問に思ってしまいますが、ODAもそのままでは聞こえが悪いということで、より聞こえが良い「環境補助支援金」という名目で中華人民共和国に、国内企業が幾億という民間企業投資で築き上げた技術を無料奉仕。これらは全て国家歳出、つまり税金を投入する訳ですが、紐無しなのでリターンが見込めず、四川大地震の時の募金と同じで、全てが権力者の懐に入るのみで、ドブに捨てることと同じです。湯水のように税金が余っているなら兎も角、先進諸国と呼ばれる中で赤字国債がもうそろそろ千兆円に達し国家破綻ももうそろそろかという時分に、そういうお花畑な舵取りをして頭は大丈夫ですかと真剣に考えてしまいます。技術も無償提供、資金も税金から無償提供。流石は「友愛」ですな)。
ちなみに、「民放以外のアニメ以外」でこれまた唯一、独自の収入源を持っているのがNHKです。しかも半分、強制のような形で徴募していますから、相当に安定した財源を確保していることになります。テレビが設置されている世帯一件当たり、月額1,354円を徴収していますから、西暦2005年の時点で日本の総世帯数は4,906万世帯なので、……馬鹿馬鹿しくて計算する気が起きないので、1.5倍した上で0を後に三つほど加えてください。NHKエンタープライズも実は資金隠しと脱税の温床として名高いですしね。
ついでに、現政権が極端な親中路線を隠そうともしないため、NHKもそういう方面にシフトしていく可能性が考えられます。
またまた暗い話になってしまいましたねぇ……。しかも話題が相当にダークなので、公開の是非はしらいしさんに委ねます。
>Anime in 2008 良作画シーン集。
私も「これは凄まじいな……」と戦慄した動画があるのですが、テーマソングや動画が恐らくは無断使用なので、削除されるかなーと暫く様子を覗っていたのですが、どうやら削除されないようなので紹介させてください。
MAD 咲 -saki-(視聴のためにはアカウントが必要です)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm8215403
これも友人に確認を取ったのですが、このMADはまさかとは思ったのですが、全ての素材が「咲 -saki-」のテレビ放映から無加筆で唯、編集しただけのモノらしいです。それでこれだけばっちりとマッチするMADを造り上げるというのは、どういう編集能力の持ち主でいらっしゃるのか、俄に信じられません。作者様はプロでは無いのですかねぇ……?
スイマセン。何か私がコメント欄を乗っ取って仕舞ったような感じですね……。一応はこれが最後の補足となります。が、別段、これはアニメに関してではありませんので、お暇な方だけご覧下さい。
まずはしらいしさんについて。
貴サイト「白石運送」を巡回し始めて相当の月日が経ちますが、しらいしさんの様な人物を何処かで見たことがあるなーと頭を捻っておりましたところ、思い出しました。
「いきばた主夫らんぶる(星里もちる著)」という漫画ででしらいしさんまんまの方が主人公を張っていますw アニメーターで家事全般が上手で、務めていたアニメ作製会社の社長が職員の給与をピンハネして逃げたため失職。同棲中の女性漫画家さんに養ってもらい、自分は一切の家事を引き受けも、「自分はこの先、何をすればいいのだろう?」と自問する漫画ですね。「何でそんな昔の漫画を持っているの?」と聴かれると、昔に良くあった近所の古本屋で難あり50円コーナーに置かれていた当漫画を立ち読みし、一目惚れして購入したからですw
で、上記で色々と変な例を出しては投げっぱなしという例が多いので、いっそ全て触りだけでも解説してしまおうという魂胆です。まず、農業のお話。
私が「農業に関しては少し気に入らない論調を張っている漫画がある」と書いたのはモーニングで連載している「エンゼル○ンク」です。
その前に、まずは農協の難点について記しますが、これは余所のサイト様でずらっと語ってしまったので、失礼ですがそちらをアドレスにて紹介させて戴くに留めます。とんでもない長文なモノですから……。
・アンテナサイト「フラン☆Skin」様「もやしもん8巻」に対するコメント
ttp://www.furanskin.net/?p=3863&cpage=1#comment-9566
で、このマンガではまず「窒素肥料は世紀の大発明である」としていましたが、循環農業の視点からすれば、上記のコメントで記しましたとおり窒素肥料は短期的に莫大な収穫高が見込めるものの、あれは毒の一歩手前なので、少しでも使用量を誤ると野菜自体が発ガン性を含みます。そして長年に渡って窒素肥料を使用し続けると、土地の栄養を維持するための土壌菌や土壌生物が完全に死滅してしまうので、土地が完璧に死にます。こういった負の側面がかなり大きいにも関わらず、それをまるっきり説明しないで唯「窒素肥料は世紀の大発明だ」とだけ発言するのは無責任極まりないです。
一方で、「農家が削るべきは人件費」というのは事実です。初期投資が莫大なものになるのは事実なのですが、一町二町の農業地全てをオートメーション化してしまえば、極端な話、一人でも楽に管理が出来ますから、それだけスケールメリットを大きくすることが出来ます(現実にそれで年収一千万円を突破していらっしゃる農家さんがいらっしゃいますし)。しかし、農用地を獲得するなど、各方面で農協や団体、法律がいちいち鬱陶しいのは事実です。
しかし、「社長が自ら社員にビジョンを語ることが重要である」というのは尻の青い書生論です。雇用人数が二十人くらいの零細企業であれば社長一人でのマネジメントも可能ですが、従業員数が五十人くらいになると、どうしてもある程度の多層に渡る組織化が必要となるため、社長のメッセージが現場に届きづらくなります。そして百人を超えた辺りで社長一人のヴィジョンのみで会社を経営することは実質、不可能となります。この辺りが大企業と中小企業のマネジメント・レベルの差なのですが、これを知らずに上記の発言をしているのだとしたら、無責任この上ないですね。これは簡単な方法ですと社長が毎朝、従業員の前で朝礼をすることが前提ですし。毎朝の朝礼で同じ発言を繰り返すのは、返って逆効果になる可能性もありますから、具体的な手法論に触れず理想だけ語られるのは、私が最も嫌うところです。
一方で「日本の野菜は貧しい。それは日本の野菜の種類が少ない事にある」というのは、一面に於いては事実です。一般市場に出回る大根は青首だけ、胡瓜も水気の多い西洋種が主流で漬け物に向かない、サツマイモも実は三種類ほどあるのですが明記しているところは殆ど無い、茄子も同様、人参も同様、南瓜も実は天麩羅にするに当たってはほっこりして水分の少ない東洋南瓜の方が向いているのですが、市場は殆どが西洋南瓜ですね。この通り、事実は事実です。
しかし一方で、このマンガが挙げた例は「トマト」でした。確かにトマトにも多くの種類があります。日本でも糖度の高いフルーツトマトや桃太郎トマトなどがあり、これは生食用です。一方で酸味の強いトマトが調理用として重宝するのも紛れもない事実です。ですが、味付けでトマトソースをベースにした煮物は日本で全く主流ではありませんし、よしんば良くトマトソースを用いるイタリア料理が好きな方でも、普通はカゴメのホールトマト缶を使用しますわね。作付け面積が少ないと単価ががばっと上がりますから、そんな酔狂なものを一般市民が購入するわけがないので、出荷先は自然と専門レストランが主となります。が、はっきり申し上げて新規参入企業が既存の納入先を破ることは不可能に近いです。チェーン店なら単価次第で幾らでも食い込む余地があるのですが、個人店舗は信用問題にも繋がりますので、そうころころと卸業者を代えるわけにはいかないのです。となるとチェーン店をターゲットにするかといわれれば、先程も述べましたとおり作付け面積が狭ければ単価も高いわけで、値段で折り合いが付きません。
つまり、ターゲットが余りにも中途半端なのです。そのくせ「ヨーロッパなら個人の野菜商店で複数のトマトが並んでいるのは当たり前」ですとか、近代的な話をしていたかと思えば急に市場流通経済を度外視してしまうので、話を煙に巻いているようにしか思えないのです。
ストレートに申し上げるなら、トマトをサラダ以外に用いる文化は日本にありませんので、例が悪すぎます。更にまさか本気で分かっていらっしゃらないとは思いたくないのですが、WHOに登録されている原産地特定植物は「国外に持ち出し禁止」なので、自身で品種改良して煮込む熱に負けない、強い酸味を持ったトマトの株を開発しなければなりません。となると余所から苗を購入するか自前でバイオ研究所を建てるかのどちらかになりますから、利益を出す気があるのかと本気で疑いたくなります。
しらいしさんも良く料理をなさっていらっしゃいますが、御存知の通りカゴメのホールトマト缶以外に、イタリアから輸入しているトマト缶も割と多くあります。ですから、果たして生のトマトからソースを拵える人が民間にどれくらいいるかな? という素朴な疑問すら起きるわけです。
更にコメントでも触れたとおり、このマンガでも触れられていた農協などの残留農薬肥料問題をパスしようと思うなら自前で肥料を作製するほか無いので、やはりスケールメリットの関係からコストが馬鹿高くなります。
というわけで、「エンゼル○ンク」の農業編は素人の私から見てもこれだけ矛盾点が羅列できるわけで、信頼度は低いなというのが個人的感想です。
続いては夫婦別姓について。
この夫婦別姓に関しても、大幅に端折ってしまいますが(正直、我が国の文化と他国の文化を徹底的に比較して、財産権などに関与した犯罪率などを弾き出して、その上で夫婦別姓を導入することが効率的か否かを立証しなければならないので、それこそ論文が一本出来上がる文量です)現代の主流治世術は大凡が西欧発生のものなので、裏を返せばそこには基本として徹底した「男尊女卑思想」が根底にあります。父たるヤハウェは始め、世界にアダムとリリスという一組の夫婦を誕生させましたが、このリリスが「淫蕩を好む」ということで追放されてしまいました。で、次なる策は旧約聖書に記されているとおり(私は新約聖書を全く信用していないので、基本は旧約聖書から索引します)、アダムの肋骨からイヴを発現させます。これは現代風に見れば明らかに教会が禁忌としているクローン技術でかつ更に近親相姦、そして自分のルーツが目の前にいる以上、イヴは常にアダムの下に属さなければならないのです。追放されたリリスにしたところで、夫婦の床で正常位より後背位を好んだという理由だけですので、現代史観からすれば追放に至る根拠もへったくれもないわけです(後背位を好むのは魔女の証として、特に中世では男性を淫蕩に誘う悪魔の所業とされていたのですが、現在の西欧性事情を見ると、何と空しい言葉でしょうねぇ、全く……。この思想は私の記憶ですが、確か18世紀くらいまでこの思想は存続しました。そこからの掌の返しようは御存知の通りです)。西欧に於いて配偶者となる女性には、近代憲法が制定されるまで実は何の権利もありませんでした。財産権も財産管理権も全てが男性によって管理されており、女性は我が国に於いて某厚労相が発言して一斉に叩かれましたが、女性が「子を産む機械」であったのは西欧の主流思想であったのです。分かりやすく事例を挙げますと、西欧の一般家庭では今でも家計簿は働き手である家長がつけます。その中から余剰金を妻に小遣いとして渡して、妻はその中で育児やら生活費やらを遣り繰りするのが当然なのです。しかもほんの一世紀も前に存在した女性の姦通罪は下手をすれば簡単に極刑ですから、同じ事をしても簡単に処刑にはならない男性に比べてあからさまに不平等であった面は隠し通すことが出来ません。今日にいたって国際化の流れで「これまで虐げられてきた女性にも人として当然の権利を」と興ったのが「フェミニズム思想」ですね。これは「男女を極力、平等に扱うことを目的とする運動」でして、性の差を超越してまで権利を求めるようなお馬鹿さんはおりません。男と女の性別には何をどう足掻こうと埋めようのない明確な差が存在しますので(さもなければ「雄」と「雌」なんて分別はされませんよ)、とどのつまりは「女性に委譲した方が効率の良い権利は女性に委譲してしまおう」というのがフェミニズム思想の根本です。勿論、これも各政治団体によって論旨はかなり異なるのですが、本質的にはそんなところです。キリスト教という宗教は元々が「女性は男性の付随物」という思想がそれこそ紀元前から延々と引き継がれてきたので、その証拠に「女性がキリスト系の組織で司祭クラスに昇進したことなど、古今東西、聴いたことがない」です。マグダラのマリアですとか、精々がほぼ伝説上の人物くらいですね(但し、マグダラのマリアは文献を見るだに現存した可能性が極めて高く、彼女に関する多くの史料が残されているのも事実です)。しかし、マグダラのマリアはイエス・キリストによって売春の罪を贖われた元娼婦で、一説には後に彼女はキリストの妻となり、挙げ句に二人は子を為したとまで伝え聞くところにありますから、キリスト教の教義は「いつか甦る、子たるイエスの再誕を待ち続ける」事にあるため、子孫が残っているならキリスト教は根底から覆されます。ですから、マグダラのマリアがキリストの妻であることはキリスト教徒にとっては絶対に容認できないのですよ。挙げ句は罪を贖われたとはいえ、元は淫蕩を禁忌とするキリスト教に於ける売春婦な訳ですから、文字通りの聖人君子を求めるキリスト教にとっては余りにゴシップが過ぎるのです。キリスト教の起源がそんな事情を抱えているため、徹底した男尊女卑思想に傾くのも自然な流れとはいえます。それに、徹底した絶対的男神思想は他国を侵略するに当たってとても都合が良いものでしたから、キリスト教徒はどんどん余所の国を侵略してキリスト教への改宗を迫ったわけです。つまり、キリスト教が世界三大宗教となったのは紛う事なき「武力によるもの」なのですよ。
というわけで、キリスト教を国教とする国は基本的に男尊女卑です。イスラム教でもシャリーア(イスラム原理法典)を法律として定める国は、キリスト教以上の男尊女卑思想を持っています。フェミニズム運動とはつまり、こういった女性抑圧に対する「カウンター・カルチャー」である方面が極めて強いわけです。
で、夫婦別姓ですが、私からすれば単なる文化破壊にしか見えません。だって、納得できる説明が一つもないのですから。世界で夫婦別姓を採用している国で最も身近なのは、朝鮮半島と中華人民共和国です。国の基本思想が儒教で成り立っていますから当然なのですが、この儒教はキリスト教に負けず劣らず徹底した男尊女卑思想の持ち主です。何しろ「女性は全てに於いて男性に劣る」と公言して憚らないのですからね。夫婦であっても妻は夫の一族の墓に埋葬されることがないくらい、とことん男尊女卑です。一体、この法案を提出する彼らの目指すところはそこなんですかねぇ? 得が一つもないです。そもそも、夫婦別姓を導入することによって結婚の敷居が更に高まりますから、未婚率が増加一辺倒にある現代ではまるで逆効果なのですが、そんなことも分からない人間が政治家になれるとは楽で良いですね。ならば寧ろ、ロシア式に母方の性をミドルネームで持ち合わせるくらいの折衷案に納めればいいものを……。彼らはいつの間にか目的を失い、代わりに手段が目的にすり替わっておりますから、妄信的な狂信者と呼んでも差し支えないのではないでしょうか? 私が最も嫌う、目標達成のための具体的な手法論を全く伴わず、現状も把握できていないにも拘わらず、理想と目されるおべんちゃらで美辞麗句を並べるしか能がない阿呆です。極端な左的思想家には得てしてこういう方が多いですね。
で、肝心の日本の風俗文化はどうかと申しますと、日本は国連加盟諸国の中でも唯一の女神思想を持った自然崇拝の多神教国家です(国体を為す集団で本当に唯一です)。結婚史観としてましては、キリスト教とイスラム教は厳格な女性隷属思想で、女性が婚姻前に男性と契りを結ぶと下手をすれば死刑、女性の姦通罪も死刑です(しかもシャリーアでは今でも頭より下を埋められて、村全員による投石で殺されます。近年のキリスト教はそんなことはありませんが、前近代では「処女審判」というものまで存在していますから、まぁ似たり寄ったりですか)。一方で男性は一夫多妻制が認められていたりと、確かに極端な男女差がありますね。
対して、日本は平安期から鎌倉期までは婚姻しても夫婦は同居せず、男性の通い婚が主体であったため、その女性が複数の男性を相手する「一妻多夫制度」という、西欧中東とは真逆の婚姻制度が成り立っていました。実はこれ、チベットでも家に嫁いだ妻は「兄弟共有の妻」として扱われるので、一見は異様に思えるかも知れませんが、平均標高が5,000mに達する国土で碌に資源もないチベットでは人口増加の抑制策に極めて有効な効果を発揮しました。つまり、兄弟の一人でも結婚した場合、その兄弟には一人の妻しか相手がいないのです(しかし、中国共産党がチベットを武力によって強引に併合し、HIV感染者の売春婦や漢族のあぶれものを大挙してこの地に追放したため、現代ではこの制度は完全に破綻しています)。
我が国では平安期でははっきり申し上げまして、男性よりも女性の権限の方が遥かに上でした。というのも、婚姻した男女で「男性が受け継ぐのは官位のみ。財産の全ては女性が受け継ぐ」事が常識だったからです。日本初の同人誌である紫式部の「源氏物語」も、日本初の随筆(私の感想では「日記」の枠を出ない気がするので、敢えて「エッセイ」と呼んでいますが……。まぁ、初発が優れているわけがないです)である清少納言の「枕草子」も共に作者は女性で、大いに世俗に受け入れられました。勅撰和歌集も万葉集は歌い手に男性が多いですが、古今和歌集は極めて女性が多く、前者の詞藻を「ますらおぶり」、後者の思想を「たおやめぶり」と表現しますが、和泉式部など実際に歌仙の中に女性が混じっているのも事実ですから、この当時の日本に於ける女性の地位は世界的に見て異常なまでに高いです。
鎌倉から室町中期まではよく分からないのですが(勉強不足でスミマセン)、室町末から安土・桃山時代、所謂「戦国時代」では「嫁いだ女性が平気で亭主を家から追い出す」ですとか「男性顔負けで酩酊するまで呑み、時には暴力を振るう」ですとか「離別しても全く名誉を失わず、何度でも再婚する」ですとか、当時、日本に宣教師として派遣されていたイエズス会の人間が驚愕で以て本国に書簡を残している辺り、平安期から変わらず、どう考えても女性の方が権力が強かったと考えられます。下克上の世ですから、大名も成り上がりの戦国大名が殆どですし、後ろ盾を得るために高位の家から女性を下賜されるわけですが、粗相があれば即座に離縁されるため、大名ですら女房には頭が上がりませんでした。
これは江戸期に入っても同じで、流石に公家や大名といった上流階級ではその様なことはなくなりましたが、平民では喧嘩の末の離婚なぞ日常茶飯事です。何しろ、当時の江戸人口は男性に対して女性が半分ほどしかおらず、嫁は引く手数多だったため、堪忍袋の緒が斬れれば平気で「縁切り寺」に草履を投げ込みます。実はこれで離婚手続きが完了してしまうのですよ。当時の風刺画でも閉門間近の縁切り寺に突っ走る女房を這々の体で泣きすがる旦那の図が残されていますから。
で、もう一つ全く扱いが違うのが「芸妓さん」ですね。これは西欧の「コールガール」とは全くの別物で、岡場所と呼ばれる公娼が集う色町では、時代劇に見られるように「借金の形に娘を売り飛ばす」事も確かにありはしたのですが、逆に借金が弁済できれば簡単に解放されました。それどころか、実は芸妓さんの方が客の男性より立場が上であることが多かったため、馴染みの芸妓さん目当てにまぁ、もう貢ぐこと貢ぐこと。挙げ句は借金どころか店への莫大な紹介料などを含めた「身請け金(高級芸妓は現代貨幣で億単位)」を支払って芸妓さんを身請けし、自分の奥さんにしてしまうという例が少なくありませんでした。
というわけで、我が国は色町に対する偏見の目は極めて少なかったというのが事実です。しかも、今でいうところの政娼に当たる花魁などは化け物みたいに稼ぐ上に、お相手が高級政務官であることが多いため、生半な知識量では太刀打ちできないものですからかなり教養が高かった事実があります。
一方で売春に対する意識も低かったものですから、四宿(新宿など)などの宿場街では法律違反ながら、公然と飯盛女による夜伽を追加料金で頼むことが出来たのも事実です。まぁ、こういう形で郭入りなどができる女性はまだ良いのですが、夜鷹といった路上で袖を引く女郎も一方では存在したわけで、娼婦家業に限らずこの時代は失業者に対するセーフティ・ネットというものが全くなかったため、食い詰めればあっという間に死にます。そういう意味では、女衒に入って大店の旦那に見初められ身請けされる可能性が僅かでもある芸妓さんはある意味で幸運なわけで、食い詰めた男は死ぬしかないのですが、そこそこの器量があれば遊郭の門を叩くことが出来る女性は逃げ道がまだ男性に比べて最後の一本、残されているという意味で「娼婦が必ず被害者である」という一方的な思い込みは捨てた方がよいです。しかし、「貞淑」を謳った西欧に於いても修道院が売春窟であった事実がありますから、本音と建て前が180度異なるキリスト教に比べたら、日本の方が遥かに好感が持てます。
ですが、これが明治帝国憲法の発布によって徐々に歯車がずれてきます。明治帝国憲法は厳格な専制君主制を敷いていたドイツの憲法が土台になっていますが、これは取りも直さず西欧文化を直接輸入したものですから、根本的に民族性が異なる日本ではかなりの齟齬が発生しました。例えば穢多と呼ばれる、肉食を禁じられていた江戸期に食肉の卸を生業とする職業の人間は賤民階級として扱われていたのですが、実はマタギもこの一部です。が、マタギが外に卸す「熊の胆」は一つが金一匁で取引されたように、穢多の人間は割と裕福であった場合が多いです。しかも彼らは午の死体の片付けや罪人の見張り、誰もやりたがらない死体の片付けなどを担当していたので、一概に蔑視されていたかと思いきや、実はそうでもないのですね。江戸後期に至ると「山くじら」や「百獣屋」といった仏教で禁忌とされる「四つ足喰い」が市井に浸透してきたので、獣肉に対する需要に対して供給が追いつかず、相当に設けた様子です。
が、それも「穢多が四民より下の身分である」という一定の優越感があったからこそのものだったようで(此処には「非人」も含まれますが、穢多は「固定身分、寧ろ職業」であったのに対し、非人は「藩が定めた御法度に触れて剥奪され落とされた身分」であったため、その後の働き次第では元の身分に戻ることも出来ました)、穢多を最も差別したのは、実は士分の人間だったりします。「武士であった我々があんな奴らと一緒にされてたまるか」というわけですね。
それでも、明治帝国憲法が効果を発揮していた時代にはそこまで際だった運動は見られませんでした。警察権力が相当に強かったということもありますが、現代のような「逆差別による恐喝行為」は余り見られ無かったのも事実です。公娼制度も持ち越されたので、吉原や深川も存続しています。
これが崩れたのは大東亜大戦の敗戦によって日本国が日本国憲法が押し付けられた瞬間です。これによって公娼は「芸妓」から「コールガール」に変わってしまい、「身体を売るしか能のない大馬鹿」というレッテルが貼られてしまいます。穢多に関しても、穢多が部落解放同盟を結成して政府から補助金を受け取るまでは良いのですが、「穢多を騙る詐欺集団が政府にたかる」事件が多発してしまい、返って部落住まいの人間に対する差別意識を喚起する結果となりました。これに乗じてエセ部落が更に増長し政府や自治体を恐喝するという、真摯に部落解放の運動をしていらっしゃる方には迷惑極まりない事態となっております(そのメンバーの中核を為すのが在日朝鮮人であることが多いので、「部落解放同盟=朝鮮人暴力集団」というイメージがついて回るのはその為です)。
えー、割とキッチリとかなりキツイ説明してしまったので長くなりましたが、要は「西欧諸国の財産権が全て男性に委ねられる」点に対して、日本は「給料を全て妻に預け、その中から最小限の小遣いを夫が支給される」という180度異なった民族習慣があるので、馬鹿の一つ覚えで「女性は常に被差別対象である!」とオウムのように繰り返す方々は、それだけで歴史を学んでいない証拠です。西欧は元々が男性の権利が極端に強いのである程度、是正する必要があるのですが、日本は元々、女性の権限が低くないので、それほど何かする必要は無いというのが私見です。男性の権力がそれ程強くないにも拘わらず徒に女性の権力増強を叫ぶものですから、男性人口より女性人口の方が三百万ほど多いにも拘わらず、女性と関わりを持ちたくないという男性が増えるのもさにあらん。「草食系男子の増加」とかいわれていますが、寧ろ「女性がモンスター化」しているのでは? と最近、頓にそう思います。